朝9時くらいのため、フォロ・ロマーノには人はまだ少ない。遺跡の中に入ってみると、ますますその広さと遺跡の素晴らしさに感激。彫刻の素晴らしさや建物の大きさ、それに何千年も前のものがよく残っていたもんだ、と感心し通しである。とてもじゃないけど、1日ではまわりきれない代物であった。次はぜひ両親を連れてきたいねー、などと2人ではしゃぎながらまわっていた。
そのうち、陽射しもどんどん強くなり、6月のイタリアの思った以上の暑さに2人ともぐったりし、口数も少なくなってきた。最初の元気はどこへやら、といった感じである。かなり激しい暑さで、そんな暑さをちっとも想定していなかった私は、帽子もサングラスもまったく身につけていない。うっかりしていてミネラルウオーターすら携帯していなかった。あまりの暑さにあやうく脱水症状で倒れるところであった。
日陰で休み休み、どうにかフォロ・ロマーノを切り抜け、コロッセオの前にある売店までたどり着き、ミネラルウオーターを買った。コロッセオと言えばローマの目玉観光地、その目の前の売店で売っているミネラルウオーターはやはり高かった・・・。小さなペットボトルのミネラルウオーターが2ユーロ(280円)もした。いくらヨーロッパはお酒より水が高いとはいえ、これは高すぎる、と思いながらも背に腹は代えられない。
そこで水分を補給して生き返った私たちは、せっかくコロッセオまで来たから中をのぞいていくか、ということになり、チケット売り場を探した。この頃になると、この辺は観光客でかなり賑わっており、なんと入場チケットを買うために長蛇の列ができているではないか!でも、仕方ない、おとなしくその列に並んだ。
入場料は10ユーロ(1400円)。やはりイタリアは、私が今まで旅してきたアジアや南ヨーロッパの国々にくらべると、何でも高いなーと思いながら、チケットを買った。コロッセオの内部、あの円形競技場は今まで何度も写真などで見たことがあったから、ある程度は知っていた。でもやはりその古さや大きさや迫力は生で見てみないとわからないもんだ、と実感したものである。ここで奴隷や捕虜と猛獣の残酷な戦いもされていたのかと思うと、ちょっと怖くもあった。
観客席の2階まで階段で(エレベーターもあった)昇れる。階段は信じられないくらい急なもので、お年よりとかにはちときつい、と言った階段であった。2階からフォロ・ロマーノを眺めると、その景色もまた中々美しいものであった。コロッセオの2階の回廊の中には、美術館にあるような近代的なお土産売り場もあった。
コロッセオの中から外に出ると、古代戦士の格好をした人たちがちらほらいた。多分、一緒に写真をとってお金を稼ぐという人たちだろう。遠くからその姿を写真におさめておいた。
そのあとまたフォロ・ロマーノに戻り、フォロ・ロマーノの南側にあるパラティーの丘というところに向かった。ここは、ローマ時代、ローマの権力者たちが住む高級住宅地であったらしい。丘というだけあって、フォロ・ロマーノから小高い丘を登っていくのである。また汗をかきかきこの丘の坂道を2人で登っていった。途中、きれいな水が流れる噴水のような涼しげな水場があり、そこで一時の涼しさを味わい、さらに登っていく。夏でなければそれほどきつい坂ではないのかもしれないが、普段の運動不足と加齢(?)に加え汗かきという私には、炎天下のこの坂はけっこうきつかった。
でも、上までたどり着くと、さらに遠くまで遺跡らしいものが広がったのどかな景色が広がっていた。また庭園があってゆっくりくつろげるような穏やかなのんびりした雰囲気の場所である。それにパラティーの丘からは、フォロ・ロマーノやローマの市街地も眺められ、景色もきれいなので、坂を苦労して登っていく価値は十分あった。
私たちは、木陰でかなりの間寝っころがって一休み。十分鋭気を養ったあと、パラティーノの丘をくだり、今度はフォロ・ロマーノに近いところにある、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂を目指した。
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